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35歳になりました。
1月のバカンスは、体調不良。
まず、腰が痛くなった。砂漠はキャンセル。そして風邪をひいた。腰は痛いわ、微熱でだるいわで、せっかくエルフードに隊員仲間が7人も集まったのに、出歩けなかった。すぐ疲れて常に眠い。幸いもう回復へ向かっているので、2月からの活動へは影響なさそうだ。
手作りケーキに感激した。

そしてみんなが誕生日を祝ってくれて嬉しかった。みんなが砂漠へ行っている間私は留守番、マラケシュ旅行はあきらめたけど、ワルサザートまでは同期K子と2泊3日で小旅行へ行ってきた。ワルサザートは住みやすそうな町だ。ごみが落ちていないし、じろじろ見られないし、落ち着いている。宿は、元隊員の男性と結婚して、自宅で民宿をしているモロッコ家族のところへ行ってみた。ガイドブックにも紹介されています。感想は、まぁまぁ。たぶんもう行かない。旦那さんが留守で残念。ただ、翌日そこで呼んでもらったアイドベンハッドゥ行きのグラタク代が、観光客価格(一人150DHだから2人で300DH払えという!)も請求され、腹が立った。結局、高すぎると訴えて、K子と2人で200DH払った。普通、グラタクって貸し切りの場合、1台でいくらの計算なのに、一人150DHとはどういうことだ。翌日、復路を地元民と乗合したら20DHだった。しかもアイドベンハッドゥまで私たちの払いで宿の家族が堂々と相乗りしてくるのはさすがモロッコ人だ。きっと日本人旅行者だったら、こんなものかと思って払っちゃうんだろうなぁ。私は旅行者の感覚ではなくなってきているから、こういうところは妥協できない。体力低下気味で自分の足でグラタク乗り場まで行く気力がなかったから仕方がない。今回学習したから、次からは大丈夫。
3度目のアイドベンハッドゥは、お気に入りのホテルが貸し切り状態で、静かでよかった。この時期の旅行は観光客が少なくて、天気もよくて、おすすめだ。
お気に入りのホテルで貸し切りディネ

帰りのCTM(国営長距離バス)では、日本人の一人旅女性が乗継で立ち往生しているところを助っ人に入った。彼女はダデス渓谷へ行くグラタクを探していた。でも言葉が全くわからないらしく、ガイドに囲まれてピンチな感じになっていたのだ。一人旅の日本人をけっこう見かけるけど、言葉がわかんないのに一人旅ってすごい度胸だなぁと思う。ここは、アラビア語とフランス語の国。英語はちょっとしか通じません。モロッコは誰かが必ず助けてくれる国だけど、最低限の言葉は勉強してきてほしい。
今まではCTMで日本人を見かけても、自分から話しかけることはほとんどなかったけど、結構心細い人がいるのかもしれない。これからは、自分からあいさつしてみようと思った。
そうそう、うちのパラボラTVで、チューナーを調節してもらったら、NHKが視聴できるようになった。こたつにみかん、NHK「おはよう日本」を見ていると、ここがモロッコということを忘れてしまいそうだ。

我が家のコタツ

中に温風ヒーターを入れている。




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2009.01.31(Sat) | 2009/01 | cm(5) | tb(0) |

中間試験
モロッコは9月に新年度が始まり、翌年6月に終わる。今、中間地点なので、テストがある。1年から5年のテストは、先週終わったようだ。明日は1日、6年生の中学進学テストらしい。母校ハビバーツに、分校2校の6年生の児童も来て、いっせいに試験をするらしい。午後は机に番号を書いたり会場づくりで休校だった。
本当に、休みすぎなんですけど。日本なら放課後に準備するものを、わざわざ子供たちを休みにして仕事をする。ちなみに6年生のテスト4教科を明日テストしてあさっては丸付けのために学校はまたしても休み。そしてその次の日はテストを返して間違いを直す日になっている。おどろきの仕事のゆっくりさ。そういえばこちらでは反復練習をしない。繰り返し書いて覚えたりしないで、ただ教科書を見ている。そして十分な復習もせず、テストの点数が悪い子供は、当たり前のように留年する。それを誰も気にしているわけでもないから、それはそれでいいのだろう。6年生のクラスにもなると、やけに体の大きい6年生がけっこういる。本当の年は15歳くらいだったりする。
先生たちに関しては1つの学校に20年とか勤め続けて、毎年同じ学年と教科を受け持って毎年同じことを繰り返して教え続けている。あきないのだろうか。先生のキャラクターもすっかり把握している。私の言いたいことを察してくれてサポートしてくれる先生、自分でもピンホールカメラとか作ってくる向上心のある先生、子供より目立たないと気がすまない先生、フランス語がわからないからなんでも適当にうなづいてやり過ごす先生、でもたいていはいい先生だと思う。

この人たちに、日本の学校の先生たちの1日を映像で見せてやりたい。きっと忙しすぎてびっくりするにちがいない。

そうそう、忙しい中、わたしのリクエストを聞いてくださってMP3を送ってくれたI先生、ありがとうございます。来月からのリコーダーとミュージックベルの指導で役に立ちます。

ということで、明日からわたしの活動も小休止、1月いっぱいは活動ありません。

2009.01.20(Tue) | 2009/01 | cm(1) | tb(0) |

東西問題を考える
この半月はあっという間だった。
1月は授業が2週間しかない。先週は学校に1つだけあった顕微鏡で玉ねぎの細胞を見て、キャベツで塩と砂糖の浸透圧の実験と、酢卵、後半ははしを使って豆うつしゲームをした。

はじめての顕微鏡

以外に上手にできていました。


今週は、水面張力、おはじき水入れゲームと5円玉レンズ、コップをさかさにしてもこぼれない水(手品でよくありますね)、後半はトントン相撲を紹介する。
逆さにしてもこぼれなーい。

実験は準備と計画が大変だった。いったいいくつのネタを家で試してみては却下したことだろう。難しことに挑戦するのは面白かったけどさ。
活動の合間に、再び上京。また雪でバスが立ち往生するしキャンセルにもなるし、ラバトへの道は遠かった。それも日本大使館公邸での新年会に参加するため。おせち料理やさしみと焼き鳥、えびのてんぷらと本物のの日本食が食べられて幸せだった。でも、そのあとの所長の家の料理はもっとおいしかった。
ひしひしと感じるのは、西側海岸部の文明が発展している地域と、アトラス山脈を越えた内陸南東部の古いしきたりが根強く残っている地域の格差。同じモロッコ人なの?と言いたくなる。貧富の差が激しいことはなはだしい。隊員同士であっても、住んでいる場所でブルジョア生活とサバイバル生活にはっきり分かれる。もちろん私の住んでいる場所はサバイバル地域。私たちサバイバル地域の隊員の団結は固い。最近、上京する時と、任地で生活するときの服装持ち物をはっきり区別するようになっている。エルフードファッションは、はずかしくて都会では着られない。都会で買ったものは、エルフードでは砂で汚れるし目立ちすぎて着られない。都会生活と田舎生活、どっちも楽しめるようにしたい。これからしばらくは田舎生活にどっぷりだなぁ。



2009.01.13(Tue) | 2009/01 | cm(1) | tb(0) |

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